愛と叡智の道、エデンの門

愛と叡智、
スピリチュアルと科学、

ものごとの背後に在る、本質を感じとる、
心の豊かさや深み、広がりも、

ニュートラルに、そこにある理や、法則を観て知る視点も、

どちらもが大切で、

そのどちらもが、互いに補い合って、
進化し、深化していく。

 

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世の中には、さまざまな情報があふれている。
あなたが聴いて(読んで)いる音(言葉)も、そのひとつだ。

 

あなたは、さまざまな情報の海の中をただよっている。

それは、文字や知識としての情報という意味だけではない。

あらゆるものを形作っているのは、
目には見えない、さまざまなエネルギーであり、情報なのだ。

 

あなたは、
その情報の海にあり、
ときに、波にさらわれたりもする。

ともすれば、溺れてもいるだろう。

だが、あなたは、

波を選ぶこともできる。
波にのることもできる。
波をおこすこともできる。

波であることや、
海そのものであることすら。。。

あなたが求めているような、師も、神も、愛も、真理も、
あなたがみている外側の世界にはいない。

ほんとうに、あなたを救えるのは、あなただけだ。
ほんとうに、あなたを愛せるのは、あなただけだ。
ほんとうに、あなたを生かすのは、あなただけだ。

 

そのことを引き受けて、
自分という世界の中心に立つ時、

あなたは、そこで、
自分自身であるところの、
師に、神に、愛に、真理に、であうであろう。

どんな時もずっと、変わらずに、そこにあったソレに。

 

そして、その時、
自分自身はもとより、世界のすべてが、
師となり、神となり、愛となり、真理となる。

すべてがソレであると気づく。

 

 

あなたは、あなたであり、
あなたは、ソレなのだ。

 

 

ソレを知るための、あらゆる道が、
ソレから生まれている。

 

 

道の過程には、
さまざまな誘惑があるものだが、

あなたの中の、知っている部分は、
どんなに、あなたが、
表面的に、迷っても、ズレても、ブレても、濁っても、

まったく、変わること無く、
まっすぐに、あなたをみつめ、
永遠という時の中で、見守り、愛し、育みながら、

ただ、ソレでありつづける。

ただ、ソレである。

心を静かにして、奥深く、奥深く、
奥底まで、まっすぐに見通す、勇気と覚悟をもつことだ。

 

 

道は無数にある。

 

だが、その実、

あなたが道そのものであることに、
あなたは気づいているだろうか。

 

 

それは、至る道ではない。

還る道だ。

 

そして、還ったならば、
あなたはきづくであろう。
道などなかったことに。

どこをどう歩もうが、
その一足一足、歩むすべてが道そのものであることに。

 

エデンの門は、いつも、
あなたが、ただあなたであるところの、

今、ここに、

ひらかれている。

 

 

道とは、未知。

経験することで、
知らないことを知っていくことだ。

「ソレ」である自分を、知ることだ。

「ソレ」が、自らを分けた、
自分というものであることにより、

自分と他者、
自分と世界と、
切り分けることにより、

さまざまに「経験」することが可能になる。

分離を支えているのは、統合であり、
統合を支えているのは、分離である。

分離も統合もこえて、ただ、ここに「ソレ」はある。

 

あなたが、あなたであることにより、
「経験する」ことを通して、

「ソレ」を知り、
「ソレ」であり、
「ソレ」を生きる、、、

 

その歩みの、すべてが、
永遠の祝福の内にある。

 

 

生命の営みは、いつも、

彩り豊かな光にあふれて、
美しい絵画のように、

様々な響きにあふれて、
美しい音楽のように、

ここに現れている。

 

 

あなたが、することは、

それを、味わい、楽しみ、讃えること、
それを、生きること、
それを、愛し、みつめ、育むこと

 

…ではなかったのかね?

 

生命をあそべ、愛しいわが子よ。

 

 

text:2018-03-06 のブログ記事より

 

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