なんとなくの賜物

音楽を制作していて、よく感じること。

たった、1つの音の、
タイミングや、音量、音質が、

ほんの少し違うだけで、

そこに生まれてくる音楽の流れや様相は、
まったく違うものになっていく。


その後に紡がれていく、未来の音の流れが、
自ずと変わっていくのはもちろんのこと、

それまでに紡がれた、過去の音の流れも、
それがもつ意味や彩り…
「働き」のようなものが、まったく異なってくるのだ。

「今」観ているものが変われば、
当然、この先の未来も変わるし、
過去に観ている「意味づけ」も変わるのだ。



流れているようにみえる「物語」の上では!

ほんとうに、音楽は、人生のようであり、
生命そのものだなと思う。


例えば、

きっちりと、規律に合わせるような、
決められたタイミングから、ずれたとしても、

必ず、後で、「ゆりもどし」のようなものが働いて、
自然と、全体として調和するようになってくる。

音・音楽、それ自体が保っている、
多次元的な情報が、
そのように、音・音楽を、運んでいくのだ。


「なんとなく」こうしたい…というような、
感覚的なものが、それを教えてくれる。

それがそのままに表れるよう、創っていくのだ。

音楽理論や、和声や対位法など、
音楽に関わる知識はもちろんあるけれど、
それによって創っていくわけではない。
(そうすることを否定しているわけでもない。型の美しさを学ぶこともまた、よいものだ。)

身体の感覚や、感じる心、
感性で、感じ取る、エネルギーのその先、内奥に、

知識や、頭の理解を超える、
非常に緻密で繊細で、壮大な、
美しい知性が、静かに息づいているのだ。

まったく押し付けがましくないのに圧倒的で、
なんというか、大自然と対峙した時のような、畏敬の念を覚える世界だ。


音楽を創るときにも、
人生においても、

「なんとなく」や「しっくりくる」は、
一番のガイダンスだ。

それは、頭の想像をはるかに超える、思いもよらない、
豊かで美しい創造の世界へと、導いてくれるように思う。

人生は、生命は、ほんとうにWonderful!
Wonderが、fullだなと思う♪

音楽が教えてくれたこと。


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