当たり前のしあわせ

大切な人と、

美味しいねって、笑い合いながら、

一緒にごはんを食べられる。

 

ふかふかのお布団で、

もふもふのニャーズにまみれながら、

眠りにつける。

 

 

そんな、当たり前のことが、

ほんとうにしあわせで、しあわせで。

 

奇跡のように思える。

 

 

いろんな経験をして、

いろんな思いをいだくことも、

いろんなことを感じることも、

 

息をしていて、

からだがあって、生きていることも…。

 

 

おとなの雅子は、

そういう、当たり前の中にある、

奇跡のような幸せを、

 

経験の中で、たくさん無くしてきたから、

そういうものが、

とても、かけがえなく、ありがたく思えるようになった。

(ほんとうは、無くなってなんかなかったんだけど、
無くなったり、失ったりしたように、思えていたんだ。)

 

 

ちびmacoは、

ずっとずっと、その幸せを知っていた。

 

 

無くなるからこそ、
失ったからこそ、

大切に、かけがえなく思えるのではなく、

 

シンプルに、ただ、

 

こうやって、生きていることが、

そして、誰かやなにかと共に生きていることが、

 

その一瞬一瞬が、

 

ぜんぶぜんぶ、奇跡のようで、

ただただ、うれしくて、しあわせなのだ。

 

ぜんぶ、ぜんぶに、
うわぁ〜〜〜〜✨✨

…と、思っているのだ。