愛と創造の原理

2017/5/28の旧ブログ記事を加筆・編集し、転載しています。

 

 

「人生」は、そして「世界」は、
「子育て」のようなものだなぁと、よく思います。

(そして、「子育て」のように「個育て」をしているのだとも。)

 

生命の光が、
その純粋さのままに輝けるように、

「自分」として表す、自我・人間性を、

そして、「自分」というものを通して、
生命が、それ自身の無限の可能性を遊び、表現し、

新しい宇宙を創造しつづけていくことを、

 

不動の安らぎと信頼をもって、
慈しみ、愛し育んでいくこと。

 

 

自己表現し、自己創造することは、
(音楽を創るとか、芸術表現にかぎらず、日々のあらゆる行いが、表現であり、創造です。)

この「在る」ように観えている、存在の世界において、

誰もが・すべてが、いつだって、
(無自覚だったとしても)当たり前に行っていることだけれど、

 

自分はもちろん、あらゆるつながりの内に、
いつも、その創造が、
様々な彩りをもって、成され続けていることを観じ、

 

自分という世界と、世界という自分を、

その内において、
こどものように、存分に楽しみ、謳歌しながら、

同時に、すべてを、親のように、包み込み、
愛でながら生きていけることは、

なによりの、生きている醍醐味だと感じます。

 

ハート2

 

 

インナーファミリー(内なる家族)
という言葉を使って、
数年前に、よくWSなどシェアしていたのですが、

自分がどういう世界観で生き、
どういう人生を創造するかは、

無意識にはたらいている、
インナーチャイルド(内なるこども心)に依るところが大きく、

 

そのこどもごころが、
自分が自分であることに…
「今、ここに生きている」という、その存在の感覚に…
安らいで、

のびのびと自由に、楽しみながら、
好奇心に溢れ、新しい可能性を切り拓き、

よろこびから、自分で選んで、自分で決めて、
自分の人生を創造し、生きていける状態、

つまり、根源的な生命のもつ純粋性、創造性を、自ずと発現させられるように、

 

インナーチャイルドを愛し育める、インナーペアレンツ(内なる親心)

インナーマザー(内なる母性)とインナーファーザー(内なる父性)を
(そして、その女性性と男性性のパートナーシップを)

育くみ(アップデートし)、

 

幸せなインナーファミリー(と、幸せなインナーパートナーシップ)
の状態を、元型として、人生を創造していく、

幸せな世界観のもとに、創造的に生きていく、

…というような趣旨で、

 

参加者の方々と響き合いながら、
自分も、内側を観ていくということをしておりました。
このことは、
ひとりひとりの人生や、
現象の世界はもちろんのこと、

存在のあらゆる次元に、現れている、
シンプルな創造の原理として、捉えることが出来ます。

 

ハート2

 

 

多くの場合、

そのインナーペアレンツ(男女のパートナーシップ、そして、親子関係)の状態は、

幼少期に、無意識に刷り込まれた=無意識に取り込んだ、
実際の両親や、周りの大人たちからの影響であることが多く、

それは、究極的には、
実際に、両親や大人たちがどうであったかというよりも、

 

目に映る事象を通じて、「自分自身」が、
親や保護者を、そして、家族(コミュニティ)というものを、
どう感じ、どう捉えていたか…の影響であって、

それが、その人の世界観、
「運命」「神」「世界」「宇宙」…といったような概念の、
背景となっています。

(逆に言えば、そういった背景、元型としてある世界観が、
現象に、集積して、現れているということです。)

 

ハート2

 

今、わたしが、自分の人生を通して、
個人的に感じていることとしては、

生まれてきた家庭(父性と母性、男性性と女性性の鋳型)は、

魂が、もともともっているギフトを表すため、
創造性の表出のために、
選んできた、最善の設定にほかならないということ。

(そして、過去生や宇宙生など、連動しているカルマやテーマといったものも、
すべて、今生の体験の設定のための情報として、魂にインプットされており、
多次元的にリンクしているということ。)

 

また、多くの場合、

そんな親の在り様を、変えようとする試み、

(自分は、「愛されていない」という「思い込み」に由来する)
なんとかして、親に、自分を愛さようとする試み、

承認を欲しがる、こどもごころが、

この「人生」においては、

お金や、権威や、能力や、異性からの愛情など、
様々な外的ものへの欲求や執着として、あらわれてくるということ。

 

そういった、

なんとかして、欠乏感・不足感を埋めよう、

なんとかして、
自分がOKであることや、自分が優位であることを、証明しようとする、

愛の不足という幻想を観ている、
愛すべき、エゴの試みは、

結局のところは、
ことごとく失敗に終わり、

もともと、存在している、愛に降伏することで、
永遠の幸福、安らぎに還っていくように思います。

 

変えるべきものがあるのではありません。

 

何を手に入れても、結局、
永続的に満たされることがないこと、

依存できるものや、信奉できるものは、外側にはなく、
(外側の現象は、内的世界とつながっていて、内も外もなく、)

自分自身こそが、
愛の泉であり、創造の源であることに気づき、

何者にも侵すことのできない、
その、生命の尊厳を取り戻し、

 

まずは、
自分自身を無条件に愛し受容すること、
自分という生命を尊重すること、

同時に、
すでに愛は与えられていたこと、
その愛に気づき、受け取ること、、、

 

すでに、満ち足りている、
あるがまま、ただ在る自分から、
新たなる、よろこびの創造がはじまっていきます。

Here I am

 

インナーペアレンツという切り口を通して観るならば、

 

欠乏感を感じ、承認を必要としている自分(こどもごころ)が、
その価値を証明するため、親から愛を「もらう」ために生きる

 

という在り方から、

 

内なる母性が、無条件に自分自身を愛し、受容することで、
すでにそのままで愛され満ち足りている、
今このままでOKな自分が、

さらに、内なる父性の、可能性を切り拓き、導き、現実に創造する力により、
よろこびをさらに純化させ、
よろこびを分かち合って生きることで、

愛を自ずと「分かち合う」生き方へと、

自分はもちろん、すべてが豊かに、よろこび栄える、
幸せな在り方へと、

 

自然に成長していく…

 

 

母性・女性性の、
無条件の愛と受容…
つながりやぬくもりの感覚や、
ありのままでOKという土台、
(どんな自分でも愛されてる、存在そのものに価値がある…)

そして、今、すでに満ち足りて幸せであることを、
受け取り感じる力があったうえで、

父性・男性性が、
愛やよろこびを、形にして表出・表現すること、

 

もうすでに幸せ…な、今・ここから、
さらに、より幸せに生きるために、

これができたら、もっと気持ちいいな、もっとステキだなと、
さらなる、生命の新しい可能性を、切り拓いていく…

 

父性&母性、男性性&女性性のパートナーシップと、
親子の関係性の鋳型は、

 

個人の人生として体験する、人間性の領域にも、
時空を越え、つながりあい連動している宇宙生命、霊性の領域にも、

存在のあらゆるレベルに、
自ずと表現されていきます。

 

 

 

そして、

物質的な世界と、霊的な世界、
肉体意識と、魂意識、
地球と、宇宙、
内と外、、、

それらも、ある意味、
相反する性質を孕んでおり、

女性性と、男性性のパートナーシップのようなものであり、

この「存在の世界」では、
それらは、同じものが、違う現れ方をしているだけで、

いつだって「愛」が、
それらをつないでいます。

 

ただ在る、あい(I・愛)から、
すべての創造が起こっていて、

あらゆる違いを通して、
それ自身の無限の可能性を、知りつづけているのです。

 

ハート2

 

人生のさまざまな側面に関してのみ、観ていくとしても、

このことは、

 

恋愛や結婚、男女のパートナーシップにかぎらず、

仕事(やりたいこと)や、お金、人間関係、
心身の健康や身体意識の使い方、霊性に関わること、

 

わたしの場合だったら、音楽を創ることや、
歌い方(歌うときの身体と意識の状態)、
ライトランゲージの質…など、

あらゆることに反映している本質であり、
シンプルで普遍的な切り口のひとつです。

 

(他にも、自然の五大元素や、チャクラ&オーラ、
わたしは詳しくないけれど、生命の樹や、陰陽五行や、占星術など、
いろんな切り口で、本質的なものを、シンプルに、わかりやすく、みつめていけると思います。)

 

 

Eros…

男女の性愛と、
そこから生まれる、新しい生命という、

わたしたち生命の「原初的な鋳型」は、

二元性を通して現れた、この世界で、

 

「相反するものが出会い、愛し愛され、愛し合い、
新しいものを生み出していく」
という、

誰にも&すべてに宿る本質としての「創造の原理」を、

もっとも、シンプルに、
わかりやすく教えてくれていると思うのです。

 

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