あいの宇宙

「わたし」という、枠のない窓を通してみつめる、
私も含め、それぞれの人生、
そして、世界という景色は、
彩り豊かに、さまざまな陰影をもって、きらめき続けていて、

どんなに深い闇すらも、
それを存在させ得る、限りのない愛のスペース(時・空)に、
育まれ、支えられていて、

あぁ、結局、
成せることなんて、なにもないんだなぁと、
それは、あきらめでも、無力感でもなく、

ただ現れ続け、
創造されつづけている生命というものの、本質としての、

底なしの安らぎと、
無限の創造性への信頼…、
(これは、信頼/不信という、名付けや比較すらも、丸ごと包容して、そういった区分けのようなものが存在し得ない、ただある絶対的な信頼のような感覚。)

 

静かな静かなよろこびや、

その奇跡の軌跡を目撃しつづけていることへの、
畏敬の念のようなものを、しみじみと感じつつ雪

 

やっぱり、このわたしといういのちがここにあって、
だからこそ、どうしたって溢れてくる愛を、
とめることなく、そのままに行かせて、

「生きていることを楽しもう!」

「生命に讃歌し謳歌しよう♪」と、

今日もまた、思うのでしたハート8

 

 

 

「時空」という幻想が織りなす、物語の美しさたるや。。。

 

…あぁ、そんな音を、音楽を、紡ぎたい♪

 

 

猫

 

恐れすらも、愛がくれたギフトプレゼントのようなもので、
愛の深みに飲み込まれて、喜悦にとけていくんだよなぁふわふわ

 

自分の中のこだわりや、緊張、
かたまって、縮こまってしまっているものを、
理解して愛していくことは、
誰かの中にある、同じものを愛していくことで、

内に向かっているようで、
同じように、外に向かって広がっていくし、

逆もまた然り。

 

 

 

美しいものや、大好きなものはもちろんだけど、

 

外側にみえる、受け容れがたいものほど、
自分の知らない自分や、
まだ受け容れていない、切り離していた自分を教えてくれるし、

それは、自分という「意識」の世界の解像度があがり、
細やかに、愛が深まり、
鮮やかに、生命が輝きを増していく喜びでしかない。

 

 

本当に、内も外もなく、

あなたはわたしだし、
わたしはあなただし、

ただただ、愛することで、
ひとつであるものに還っていく。

ひとつひとつでありながら。

愛することは、愛を受け取ることだし、
(だって、愛している時、自分が愛に満たされているでしょ?
与えることができるのは、豊かにあるからなのだ。)

愛されることは、愛を与えることでもあり、
どこもかしこも愛だけだ。

 

そして、
いつも、どこまでいっても、
やっぱり、伝えたいこと、表現したいことは、
究極的に、愛してると、ありがとうしかなく、

 

どこまでもつづく、愛の世界で、
一歩一歩、愛の道を歩んでいくのだ。

 

 

猫

 

 

わたしは、今年の抱負として、「動く」と決めたけれど、

それは、「動く」ことで、
「出逢う」ということなのかもしれないと思う今。

 

ミクロにもマクロにも、
内にも外にも、
見える世界にも、見えない世界にも、
あいの宇宙を広げるのだ。

あいの宇宙が広がっているのを、
ここに生きて、味わい尽くすのだ。

Iの宇宙。

 

愛の宇宙。

 

逢いの宇宙。

 


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